ブラリミケオキナワ31 ひめゆり学徒隊 荒崎海岸前編 

ご注意:この記事には戦争中に行われる、残酷な描写が含まれます。

ブラリミケ沖縄ひめゆり学徒隊編をはじめてなお方はこちらから。→ ブラリミケオキナワ29

そして上記の続きになります → ブラリミケオキナワ30B

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どうもこんにちは、ミケです。
今回は前回から半年以上遅れてのひめゆり学徒隊編の続きになります。
m(_ _)m

あらすじ

ギリギリの洞窟生活の後、解散命令を受け、
逃げ遅れた沢山の学友を失いながら洞窟から脱出するも
じりじりと包囲を狭める米軍に追われ傷つき更なる友を失いながら
逃げ込んだ先は、地元の人も寄り付かない痛い葉のあるアダンの林。

その晩、久しぶりのスコール。命の水。
それも10分程で止み、足りずに足元の水をすくって飲みます。
ですが、それは沢山の自決された亡骸の横たわる場所の水でした。

6月20日(慰霊の日によせて掲載分)

逃げてきた丘陵一体からは、アメリカ軍の火炎放射器による黒煙がもうもうと上がってます。目の前の断崖を米軍に追われる恐怖と戦いながら必死におります。
(戦闘で傷ついた友に手を貸すことも出来ずに。「あの疲れ果てた体でよく降りれたな」といった断崖だったそうです。)

なんとか降りて下の入江へ。
入江は波の侵食によって浅い洞窟が出来ていたそうなのですが、そこには追い詰められ傷つき憔悴しきった大勢の人々が。

この日はウソの様に砲声が止まっていて「これから何が起こるの??」と皆、恐怖していたそうです。
空を飛ぶ飛行機も戦闘機ではなく、偵察用のトンボと呼ばれていたモノ。
海には黒々と一面を覆うように、見たことも無いような数の軍艦がひしめいてます。

昼頃、小型船が入江に近づいて来ました。小型船上で手旗信号で何か合図を始めました。
それをみて、みんな恐怖にかられ、我先にと崖を登り始めました。とある先生は、傷ついたもう一人の先生をおぶって登ったそうです。

小型船からはスピーカーで
「ハヤクココニコイ。オヨゲルモノハオヨイデコイ。ミナトガワニユケ。ヒルハアルイテモイイガ、ヨルハアルクナ。」
日本語でガンガン響いて聴こえました。

私達を地獄へ誘い込む悪魔の呼びかけに聴こえたそうです。

2、3コマ目

20日の夜になって、知念岬を目指して移動を始めます。(大勢の人が同じようにしていたそうです。)
海の方を歩いたのは、月光りのある晩で(たまに照明弾もあがる)海岸を歩くとまるわかりで、少しでも米兵に見つからない様にです。
荒崎海岸は珊瑚の岩盤のギザギザが沢山あり、ちゃんとした靴を履いてないととても痛いそうです。ひめゆり学徒隊の皆さんの靴はすでにボロボロでした。跳びはねる様にして必死についていったそうです。(作中、履いてないのはミケのせい。)

喉が乾きすぎ、海水を思い切ってすくって飲んだそうなのですが、すぐに吐き出してしまったそうです。が、諦めきれずに指につけて舐めていたそうです。
海水を飲むと余計に喉が乾いてしまいます。”ですが、それでも”な状況です。

「知念の方では平和に暮らしているそうだ。」みたいな事は、誰ともなく広がっていた噂話なそうなのですが「おそらく・・・」と思っていてもそれを信じたくなるような状況なんですよね。
なのに、そちらに行くのは無理な事が日本兵の一言で。

4コマ〜最後。

手榴弾を抜いたほうが、楽に感じられる心境、状況て…。

この夜、三ヶ月の間、学徒隊として頑張り抜いて必死に耐えてきた抑えに抑えた気持ちが、堰を切ったように溢れ出ます。”ここまできてやっと”。

この辺は、読んで頂いたあなた様にお気持ちをお任せしたいので、特に書くことはございません。

ウチは、今日(30日)の朝にラストのコマを描いたのですが、もうダメでした。

次回、荒崎海岸 後編へ続きます。

8月15日UP予定
今度こそ、次回でラストになります。
ウチは”出来上がった時の気持ちの楽な時に大きなことをいう”、ダメな癖がありますので、余計な事は書かない事にします。(´・ω・`)うお

ヘボイながら一歩一歩、頑張らせて頂きます。m(_ _)m
読んで頂き、誠にありがとうございます!

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コメント

  1. MAR より:

    まだ前編なので軽めに・・・

    話を訊いて想像しても、おそらくその何倍も辛いんだろうな・・・
    今の飽食の時代に慣れちゃった俺、耐えられないと思う。
    (((( ;°Д°))))

    • ミケ ミケ より:

      MARさん、こんにちは^^
      ほんと、そうですよね…。
      ウチもこのお話を描きながらも、クーラーつけたりお菓子食べたり、食事したりします。
      それに罪悪感を抱くのですが、やめる事は出来ませんでした。クーラーは梅雨時で最初の方しかつけずに済んで、妙にホッとしたりとか。^^;

      今回辛かったのがまさにそれで、自分達とひめゆり学徒隊の皆さんの境遇が違い過ぎます。本当に想像の範疇を超えていて、それが自分の日常な衣食住に関わってくる事なので余計に辛くて><。
      筆が長く止まってしまった原因の1つだと思います。

      後は南国特有の珊瑚の岩盤な海岸は初めてで、ギザギザが多くとても複雑で描いていて終わりが見えずにくらくらしました。本当は4と5コマ目ももっとしっかり描かなきゃなのですが、時間が足りずに見ての通りな状態です。出来る時になおして再UPさせて頂きますね。m(_ _)m

      きつい話を読んでくれて、しかもコメントまで、ありがとうございます(´;ω;`)
      今回、きつくてみれないお方もおられるみたいで…。
      それでもけじめを付けるために、終戦日に最後のお話を描かせて頂きますね。
      MARさんも無理なさらず、見れそうな時に読んでみて下さいね。表現、気をつけさせて頂きますので。(ぺこり

  2. てざん より:

    極限の状態、恐怖が伝わってきました。せっかく進んで行ったにも関わらず…。

    見届けたい、そう思いました。

    • ミケ ミケ より:

      てざんさん、こんばんは^^
      極限の状態、本当にそうですよね。
      てざんさんには蛇足な事ながら、今までの流れを自分の確認も含めて書いてみます(ぺこり
      それまでだってご飯も殆ど食べれず、水もあまり飲めない、
      とても快適とは言えないけれど雨露砲弾をしのぐ事は出来た洞窟からも
      追い出されて一日中逃げまわった次の日…、
      圧倒的に有利な米軍に完全に何重にも包囲されて、まるで地引き網の最後の魚の様。
      相手の出方次第でどのようにもなってしまう様な…><。
      そんな中での最後の希望にすがって、必死に月夜の海をゆくも八方塞がり。
      ここまで正気で頑張れてこれた事がとてもとてもスゴイといった様な状況でした。

      そんな中でようやく自分達の想いを出してきます。
      思うに特別に根性が座っていたとか、多分そうゆう事ではなくて
      「そうしなければいけない」って極限まで抑えに抑えてきてたんだと思うのですね。

      そのガッチリと閉じてきた扉を開いたのはつまり…。
      海水で炊いた僅かな米を皆に配るとき「最後の米です」と言ったそうです。
      (って、その辺も解りにくいですね(ぺこり)背景の残りを完成させる時に直します)

      今回、ここまでですみません。残り頑張ってコツコツと描かせて頂きますね。
      てざんさんに是非見届けて頂くために^^
      キツイ内容で読むだけでも辛いのに、コメントありがとうございます。
      とても描く力になります。m(_ _)m

  3. レトロン より:

    戦争はまったく知らないですけど、祖父の弟が戦死しているので、少しは聞いたことがあります。
    沖縄の戦いは想像を絶する戦況だったんでしょうね・・・

    手りゅう弾のほうが楽に死ねる・・・極限状態だとそう思ってしまうんだと・・・
    今日のネットの記事で読んだんですが、イラク?シリア?でISに支配されていた街の住民のことが描かれてました。

    5歳の子供が、空腹すぎてつらいから「お母さん、僕を殺して」ってお願いしたって。。。
    極限状態ってなってみないとわかんないけど、、、本当にきついです(泣)

    • ミケ ミケ より:

      レトロンさん、こんばんは^^
      そですか5歳の子供さんがそんな事を><。
      イラク、シリアの辺りでも私達がよく知らないだけで、極限状態な状況が続いてたりするんですね。
      今の私たちはたまたま巻き込まれてないだけで、時や場所が違う所では同じ様な事が起こっているんですね。

      戦争ではないですが、天保の大飢饉とかでも沢山の下々な身分の方が亡くなったそうですよね。読んだ話だと土粥というものがあるらしく(大飢饉というマンガです)、それはもう本当に食べるものが何も無い時の方法で、土から栄養をなんとかして取り出す方法だそうで、もうなんといいますか想像を絶します><
      しかも読んだ話では、上の身分の者は殆ど死んでないそうです。いつの時代もひどい目にあう殆どが下の身分の人達…。

      ウチが学生の頃、キャンプで二日間程何も食べれなかった経験があるのですが、育ち盛りが二日間食べれないのは今思い出してもきつかったです。三日目の朝に食事が出たのですが、それを今まで食べた事のない様なスピードで一気に食べ終えた記憶があります。
      学徒隊の皆さんはこれと比べ物にならない様な状態状況ですから、レトロンさんが言われる様になってみないと解らないけど本当にキツイですよね。

      辛い話を立て続けに読ませてしまってすみません。
      というか読んで色々と考えて頂いて、本当に嬉しいです。ありがとうございます。m(_ _)m
      次回は最後なので、きつい話になりますので、くれぐれもご注意して読んで頂けると嬉しいです。
      レトロンさんのお陰で元気が出たので、コツコツと頑張らせて頂きます。(ぺこり

  4. わいこ より:

    涙がとまりません
    しっかりと描きこまれて
    とても共鳴されたことでしょうね
    ミケさんのお気持ちはきっと伝わり、波紋を広げていかれると思います
    どうぞこの先も、ご無理なきように!

    • ミケ ミケ より:

      わいこさんこんにちは^^
      辛い話をしっかりと読んでくれてありがとうございます。(ぺこり
      この最後のコマを描き上げた時(最後に涙と泣き声を)いつのまにか共鳴?してガン泣きしてたのですが、その自分でも”入った”と思った泣き声を、この状況でここまで大声で泣けないよな・・等と思い直し、ボリュームを抑えて描き直したのですが、それであの時の自分の泣きの感覚が薄れてしまったんじゃないかと、少し不安になってたりします。
      ですがわいこさんに、そのように言って頂いて少しホッとしております。ウチ達創作者がすべきは”読み手にいかにして想いを届けるか”だと思いますが、届けたいからといって、意味無く変な風にしてもダメだと思いますし^^;・・ヘボイですが、勉強しながら頑張ります。
      引き続き気持ちを引き締めて最後のお話を描かせて頂きます。
      あ、只今すでにちょと放心状態なので、ちょとお休み頂いてから(ぺこり

      大変忙しい中、誠にありがとうございます^^
      おかげ様でまたがんばれます☆

  5. たき より:

    ・・・やばいです。
    最後のコマで泣きそうになりました。

    すべて想像を絶する事実に
    ただただ今の平和な時代に置かれている自分の環境に感謝するばかりです。

    しかしいつまで
    この平和な生活を続けていられるのでしょうね。。
    色々な世界中のニュースや事件を聞くたびに
    不安がよぎります。

    • ミケ ミケ より:

      たきさん、こんにちは^^
      そうなんですよね。このお話は現実にあった事で、しかも自分たちに無縁ではなく、いつまた道を踏み外して同じ事を繰り返すかもしれない様な出来事なんだと思います。
      ひめゆり平和祈念資料館のお方々が、自分のきつすぎる体験談を身をさかれるような思いをしながら今の人たちに伝えようとしているのも、その大事さを解っているからだと思います。喉元すぎれば・・のでっかいやつだと思いますので。世代を超えてしまえばその感覚は無くなってしまいますので、資料館を建てて伝えていくのはとても大事ですよね。
      辛い話を読んでくれて、感じて色々考えてくれてありがとうございます。そういって頂けて、描いてよかったなと思っております。
      コメントありがとうございます^^

  6. じゅろっじ より:

    戦争体験者から直に聞く機会が確実に減ってきている、
    今が最後の時期に差し掛かっているのではないかと。

    亡くなった父も学徒動員で被弾しました。
    父の口から語られた経験談は、子供心に戦争は悲惨なものだと
    漠然としたイメージしか抱きませんでしたが、
    ふとした時に感じる日常の幸せは
    戦争の尊い犠牲の上に成り立っているのだと感謝できるのは
    父の体験談が心に残ってるお陰だと思います。
    (亡くなってしまった今、もっと話を聞いておけば良かったと後悔…)

    でもブログを読ませて頂いて、沖縄戦については私はあまりに無知だったと反省しきりです。
    招集されて「お国の為」と覚悟を決めて戦地に赴くのとは訳が違う
    民間人を巻き込んだ戦争。
    なんの反撃もできない無防備な状態で、
    それでも耐えに耐えてきた挙句の悲惨な末路は…もう…

    当時の人と今の自分たちを置き換えて想像しただけでも
    戦争がどんなに人生を変えてしまうか分かるのに、
    世の中が今危険な方向へ向かっているのが、なぜ?!どうして?!って思います。
    想像力無さ過ぎです。
    犠牲になった人々が命を投げ出して手に入れた平和をまたむざむざ壊すのでしょうか。

    ミケさんのブログのおかげで色々と知ることが出来て良かったです。
    描き続けるのは辛い作業でしょうけど、ゆっくりでもいいので…。
    長くなってゴメンナサイ。

    • ミケ ミケ より:

      じゅろっじさん、こんにちは^^
      お返事が遅くなってしまって、すみません。m(_ _)m
      毎回になりますが、沖縄戦のマンガを描いた後は、他のマンガでは無い様な、魂が抜けてしまう?様な状態に一時的ですがなります。なんとか戻ってこれましたので、またブログを再開させて頂きます。

      じゅろっじさんの仰る通りで、今が体験者さんからお聞きする最終ラインになってしまっているとウチも思います。実際、ひめゆり学徒隊だったお方々も、次の語り部を育てられ、引退されるとニュースでやっていました。
      やはり辛い体験を話されるのは、当時を生々しく思い出す事にも繋がり、話される毎に身を裂かれる様な想いをしているそうです。それを今までよくぞ・・・心からの感謝とお疲れ様でしたの気持ちで一杯です。
      そしてこれは、沖縄で”そこまでしてでも伝えなければならない事が実際あった”事を色濃く表していると思います。

      そして、その本当の痛みを知る世代がいなくなってしまいます。それは強い説得力を持ち、本気な警鐘を声に出して言えるお方がいなくなってしまう事でもあると思います。
      時代の流れがまた不穏な方向へ流れている様に感じるのは、これに少し関係があるように思えてなりません。

      そんな感じなので、ウチのマンガはその入り口ぐらいになれたらって思っております。この程度でも”知らないよりはずっとまし”、なんらかの考えるきっかけになるかも?って思いますので。
      ですのでじゅろっじさんの様に、しっかりと読んで頂けてこれまたしっかりと感想を言っていただけるのが、とても嬉しく思います。描いてよかったです><。ありがとうございます^^

      それとじゅろっじさんのお父さまからの体験談。
      思うのですが、その様な大変な目にあっている身内を持たれてそのお話を聞いて育ったお方は、ウチのマンガを観るまでもなく、戦争の事を深く考えられているお方が多いと感じております。
      それぐらいに大事なお父さんのお話、宝物だと思います^^

      今回の選挙結果を見ても、国民の殆どのお方が憲法改正について、重く考えてはいない様に思えます。
      世の中の流れの空気に身を任せ、人任せ、自分たちで考えることを停止させてしまう事はとても怖い事なのに。
      歴史を学ぶという事が、動物と人間を隔てる一番大きな要因で(記憶や痛みの引き継ぎは出来ないものの、過去にあった事を本などで知ることが出来る)とても大事な事なのに、その唯一の特権を軽く考えすぎていて、また同じ事を…。

      うおうお、じゅろっじさんの様なしっかりとされたお考えをお持ちのお方にだと、つい余計に^^;;長々とすみません(ぺこり

      次回で今回の沖縄戦の下りは終了になります。
      キツイお話になりますので、どうか無理をせずじゅろっじさんの読めそうなタイミングで読んで頂けますと幸いです。

      一歩一歩コツコツと描かせて頂きます。
      コメントありがとうございます。また描く勇気と力を頂きました。m(_ _)m

  7. のん より:

    荒崎海岸前編を読んでいるうちに・・・
    やっぱりこれは最初からまた読まないといけない気がしてきて読んできました
    一気には読めなかったんだけど、全て読み終えてから
    改めて荒崎海岸前編を読んだら、涙が止まらなかった・・・

    次回ラストでコメしようと思ってたけどコメ書いちゃった^^;

    ミケちゃんが描かなきゃいけないと思って今まで頑張ってきた気持ち
    そして描いている時の心の叫びとともに伝えたかった事は
    このブログを通して、きっと届いていると思うから
    次回のラスト、あとひと踏ん張り頑張ってね^^

    私には、これくらいしか言えないけど・・・
    きっと、ラスト描くのに、しんどいんだろうなと思うから
    ミケちゃんの歩幅で決して無理はしないで一歩ずつ進めて行ってね^^
    自分のペースを崩さずにね!
    また向こうでお互い元気に会えたら良いね^^
    遅い時間のコメでゴメンねm(__)m

    • ミケ ミケ より:

      のんちゃ、こんにちは〜(*´ω`*)ノ
      返信、少し遅れてごめんね。

      とても忙しい中、辛い話をしっかりと読んでコメントまでくれて、本当にありがとうm(_ _)m

      情けない事ながら、自分で描くって始めたのに気合がたりないみたいで、ちゃんと向き合うまでにかなり時間がかかります。そんな中、のんちゃや皆さんのコメントが(いいね!も)とても励みになり描く力を頂いております。

      今回のを描いてみて、なりふりかまってる場合じゃないのがよく解ったので、このマンガだけにしぼって@三週間、頑張って描くね!(`・ω・´)ゞ

      今日ネーム(マンガの設計図)を練り直したら、なんか4コマ増えちゃった^^;ちょっとだけ伝わりやすくなったかな?等と思っております。
      作画する未来のウチが「なんで増やした〜〜@@;」ってなるの解ってるんだけど。(笑

      またのんちゃやライフの皆さんと笑って会う為にも、この山を一歩ずつしっかりと登ってきますね(`・ω・´)ゞ
      コメントありがとう^^